過去はどうしても美化されやすいもので、誰かに褒められた、こんな実績を作った、自由に生きていたなどなど、どうもよく見えてしまいがちです。

今回の話はそんな側面がないとは言えないのですが、僕が、自分自身が自由だと思っていた頃、何をするもの自由で、やろうと思えば何でもできると思っていた頃には、よく宇宙に行っていたなあと、最近思い出します。

宇宙と言っても本当の宇宙ではありません。かと言ってスピリチュアルな話でもありません。ただ単に、膨大でこんがらがってる自分の思考を、宇宙の広さに例えているだけです。

「やりたいこと、成すべきことは宇宙空間に漂う星のように空中あって、これだ!と思ったものを掴み取ればいいんだ!」

こんなふうに思った瞬間があります。大切なことが目の前に現れたら、体が勝手に反応してくれて、広大な宇宙の中からちゃんと掴み取ってくれる。そう思っていました。まあ、簡単にいえば直感に任せていればいいと思っていたんでしょうね。

ただ現在はどうでしょう。行動原理にあるのは自分ではなく、他人からの評価になってしまっている気がします。評価の厳しい会社で頑張り過ぎたからでしょうか。アクセス数やいいね!の多さが価値の高いとされるブログやSNSなんかをやり過ぎたせいでしょうか。自分と向き合うことがとても下手になったなぁと感じています。

今自分と向き合おうとすると、どうなるでしょうか。こんな文章を書いているぐらいですから、まだまだ他人の評価が気になるでしょう。良い悪い、好き嫌いといった二択の判断だけで考えようとする感覚が抜けないかもしれません。今まではそれでいいと思って生きてきたのですから。

僕は今、新しい仕事を見つける必要が出てきました。転職しようとする際、基本的には同じ業種になることが多いですよね。経験が活かせますから。僕の場合は以前と同業種のテクニカルサポートで新しく仕事を見つける、と言う考えになるのが普通です。でも、気が進みません。テクニカルサポートの仕事をして3年ほど経った時、自分の仕事が「心底どうでもいいな…」と思ってしまったのです。あれがうまくできない。これがちゃんと表示されない。そんなことどうでもいい。他人が作ったシステムがうまく動かないことでこんなどうでもいい事を繰り返している。なんて無意味なんだろう。テクノロジーに振り回されてなんて滑稽なんだろう。そう思ってしまいました。

今度の仕事は、生きるということにもうちょっと根ざした仕事が良いなと思っています。だけどそういう仕事って給料低いんだよなぁ…なんて、思ってしまう。まだまだ甘いですね。

ここまで書いて、急に文章が途切れてしまいました。今日はこの辺にしておけということかな。そろそろやめておきます。

では